はじめに
                  
美濃加茂市の中富町に霊泉寺というお寺があります。
そこには、この物語の題材となった <うしろを向いた観音様>が
100体の石仏にまじっておいでになります。
寺のご住職様に伺ったところ、どのようにしてこのような観音様が
お見えになるかは、文献なども無いためわからないということでしたが、
一説によりますと、
この観音様は実はキリスト教の聖母マリアの像ではないかとのことでした。
江戸時代においてキリスト教が弾圧されました。そんな中、信者は
観音様の像にマリア像を隠して信仰していたのではないかと推測されます。
このお話はそんな観音様を題材にしてつくりました。



むかしむかしのそのむかし
国のあちらこちらに 34人の観音様がいらっしゃいました。
観音様は苦しみや悲しみ、辛さや、痛さから人々を救うため
毎日毎日忙しく働いていらっしゃいました。
そんなある日のこと
観音様におふれが回り108年ぶりに皆して会うことになりました。
観音様は雲に乗ったり、風に乗ったり、ある観音様は龍に乗ったりして
それぞれ天上界の蓮の花の池に集まっておみえになりました。


「おやおや 私が一番のりかな。」
六時(ろくじ)観音様がそうおっしゃって、雲から降りられました。
「いいえ 私が一番ですよ。」
蓮の花の向こうから声がしました
そこには多羅(たら)観音様がおいでになりました。
「おおや 多羅観音さま。相変わらずおきれいでいらっしゃいますな。」
「まあ 相変わらずお口のおじょうなこと 六時観音様。」
「ははは ところで他の方たちはまだお着きになっていないようですね。」
「はい もうまもなく皆様おいでのことと思いますよ。」

「やあやあ お久し振りで。」
円光(えんこう)観音様がおいでになりました。
続いて白衣(びゃくえ)観音様、施薬(せやく)観音様・・・・と
観音様はつぎつぎと池の周りにお集まりになりました。
池の蓮の花の周りで挨拶やら、お話やらがとびかっておりました。

「みなさん おひさしゅうございます。」
「100と8年ぶりに一堂に会し、それぞれ地上界でのご苦労に
少しでも報いる為、お釈迦様にひと時のお暇をお願いをして 
こうしてお集まりを戴きました。」
楊柳(ようりゅう)観音様が、こうお話をはじめられました。
池の周りに集まっておられた観音様がたも、楊柳観音様の方を
それぞれおむきになり、じっと耳をかたむけておられます。
「全員お集まりのことと思いますが・・・」
ここまでお話になり、四方を見渡しますと、
「おや? お一人いらっしゃられないぞ・・・。」
それを耳にした観音様たちも一斉にまわりをご覧になりました。
「本当だ。どなたかな?」

「ああ あの私どもと違う国よりおいでになられた・・・」
「おお マリア観音様か あの方がまだお見えになられていない。」
「いろいろと気をお使いなのではないのでしようか。」
「そのようですね。」
観音様がたはそれぞれにお話をされていました。
「おっつけ いらっしゃると思いますので、それまで皆さんごゆるりと。」
こう楊柳観音様がこう言われますと、観音様方は池の辺りにそれぞれと
お集まりになり、語らいをおはじめになりました。


皆さんはここで”マリア観音様”と言う耳慣れない観音様のお名前を
聞きました。
そうです。この観音様は実は本当の観音様ではありません。
この物語の本編はここからが始まりです。


慶長19年(1614)江戸幕府は、
キリスト教が幕藩体制をゆるがすことを恐れキリスト教禁止令を出しました。
その後諸藩に”宗門人別帖”を作成させ、キリシタンでないことを証明する為に、
人々はどこかの寺の檀家にならなければならないようにしました。
ここ美濃の国の下古井村においても、
同じように村の人々を厳しく取り締まっておりました。


ある寒い冬の日のことです。
一人お旅の人が、ここ美濃の国の下古井村を通りかかりました。
丁度定吉の家の前まできた時、
そのたびの人はバタリと倒れこんでしまいました。

「お前さん、誰か外で倒れちまっただよ。」
定吉は女房のおみよの声で、外に出ました。
そこには一人の見知らぬ人が倒れこんでいます。
「どうなさったんじゃ?」
定吉は尋ねましたが、返事がありません。
それより、荒い息をしています。
定吉は頭に手をあてました。
「いかんおみよ床をしいてくれ。すごい熱じゃ。」
「あい わかったよ。」おみよは急いで寝床をしきました。
と言っても定吉の家は大層貧乏で寝床といっても、
わらで編んだムシロにわずかばかりの布をかぶせたものでした。


おみよは井戸から水を桶に汲み、手ぬぐいに水を浸し、
その人の頭に置きました。
「おまえさん どうしようかの?医者なんぞよべねえぞ。」
「薬だってないぞ。」
「どうしよう 五軒組にとどけるべえか?」

その当時幕府は農民などを支配する為に、だいたい五軒の家を一組にし、
お互いに助け合ったり監視しあったりする組織(五軒組:五人組)を作りました。

「いいや、そんなとこ届けるとこの人は、無宿人として外に出せというに
きまっちょる。そんなことしたらこの人は死んでしまうぞい。」
「こそっとしとこ。治ったらまたこっそと出てもらえばええから。」
「そうじゃねえ そうしよか。」
定吉とおみよはそういってこの行き倒れの人をかくまうことにしました。

ふたりが必死で看病をしたのがよかったのか、その人の熱もさがりました。
「よかったよかった もう大丈夫じゃろうて。」
「おまえさん お湯をわかしておくれ。この人の体をふいてあげるから。」
「わかったぞい。」
定吉はカマドに薪をくべ火をつけました。
パチパチ火がつき、やがてお釜の水がお湯になりました。
「おみよ お湯がわいたぞ。」「ほれ 桶と手ぬぐいじゃ。」
「あいよ おまえさん。」
「着物を脱がせるから手伝って・・・・・・。」そういいかけておみよはハっとしました。
てっきり男の人と思っていましたが、この人はなんと女の人だったのです。

「おまえさん ちょっと外へ出ておくれ。」
「どうしてじゃあ?今手伝ってっていったんじゃないのけ?」
「おお いったけんど、だめじゃ この人は女のひとじゃ。」
「なんと!あまりにも汚れていたので気がつかなんだわ。そうか 女の人か。」
定吉はこうつぶやくと家の外にでました。

ピューピュー 外は北風が吹いています。夜の空には零れ落ちんばかりの星が
輝いています。寒い冬の夜でしたが、どういう訳か定吉は幸せな気持ちでした。


「おまえさん もういいだよ。それに気がついただよ。」
おみよの声で定吉は家の中に入りました。
「おお!」
定吉は思わず大きな声をあげました。
着ている着物はとてもみすぼらしいものでしたが、
おみよに拭いてもらったその女の人の顔をみた定吉は
信じられない気持ちでいっぱいでした。
とてもこの世の人の顔とは思えなかったからです。


「ありがとう」
その女の人は定吉とおみよにお礼をいいました。
「なんの 困った時はお互い様じゃ。それより おなかが空いたじゃろう。」
「なんもないが ・・・おみよなんぞねんか?」
「少しばかりヒエがあるけん、それを粥にでもしようかの」
「ここに一粒のお米があります。これも加えてください。」
女の人は懐から一粒のお米を出しました。
定吉とおみよはたった一粒のお米だけど、それをなべに加えました。
「それにこれは菜の葉ですが、これで采汁でも作ってください。」
同じように懐からよれよれによれた菜の葉を取り出して、おみよに渡しました。
「すいません。」
おみよはその菜の葉をなべに入れ、采汁を作りました。
ほどよく二つのナベがグツグツといいはじめ、おいしそうな匂いがしはじめました。
「さあ たべよかの。」
定吉がナベの蓋をとりました。
すると!
なんとなんと!ヒエのお粥はそれは美味しそうなお米のお粥になっていました。
そして、菜汁は中身の一杯詰まった采汁になっておりました。


「こ これは不思議じゃ。どうしたことか?」
すると 女のひとが言いました。
「これは私のほんの感謝の気持ちです。いくら食べてもなくなりませんので、
どうぞおなか一杯召し上がってください。」
「これは不思議じゃ。いったいこれはどうしたことじゃ?」
定吉は再びいいました。


「定吉さん、おみよさん、ありがとう。実は私はこの国の者ではありません。
異国から新しい教えを説きにやって来たものです。途中少し具合が悪くなり、
お二人にご迷惑をかけてしまいました。この国ではまだ私共の神のお教えを
わかってくれる人がおりません。でも安心しました。この国にも定吉さんや
おみよさんのようにやさしい心をもった人がいるのがわかりましたから。」
「この世は殿様も百姓もすべて人として平等です。そして、どんな辛いことや
苦しいこと、悲しいことなどがあっても、今日のこの1日に感謝し、明日を信じ
自分をしっかりみつめて暮らしていけばきっと幸せになれます。
定吉さんもおみよさんも明日を信じて暮らしてください。」

「定吉さん、おみよさん。あなたがたには子供がおりませんね。
随分まえからほしがっていたでしょう?授かりますよ必ず。」


定吉とおみよはその女の人の話をポカンと口をあけて聞いておりました。
「さあ もう行かねばなりません。このままでいるとあなた方にどんな災いが
降りかかるかも知れませんからね。本当にありがとう。」

その女の人はすくっと立ち上がりました。
するとその女の人の体からなにやら明るい光がで始めました。
そうして次第に天井の方へとのぼっていき始めました。
「あ あの あなた様のお名前は?・・・。」
「マリアといいます。」
その声と同時に、女の人は二人の目のまえから消えてしまいました。


あれ以来ナベの粥は食べても食べてもいっこうにへりません。
「のう おみよ。あの方はなんだったんじゃ?」
「あれか あれはきっと観音様じゃ。」
「そうじゃのう あのお方は観音様じゃのう。」
「あの方が言われたとおり、このおなかのなかに子供も出来たし・・・」

そうなんです。定吉とおみよには赤ん坊が授かりました。
「でも 普通の観音様とちょっと違うわな。」
「そうじゃのう でもわしらにとってはやっぱり観音様じゃ。」
「どうじゃろう あのお方の像を作ってお参りしようかの」
「そうじゃ それがええのう。」

二人は観音様の石像をつくりました。
そして二人は毎日毎日一心にお参りしました。


そんなある日のことです。

お役人が定吉の家にやって来ました。
「定吉とおみよとはお前たちか?」
お役人はいばってたずねました。
「はい わたくしたちです。」
定吉は恐る恐る答えました。
「その方たち、先だってバテレンをかくまっただろう?」
「いいえ そのようなことは・・」
「だまれ!ある者から訴えがあったぞ!隠し立てするな!」
「いいえ けっして」
「お前たちはキリシタンだろう!」
「いいえ 違います。」
「だまれ!だまれ!ではこれはなんじゃ?」
お役人は二人が作った観音様を指差していいました。
「これは 観音様です。」
「ばかもの!こんな観音様があるか!」
たしかに、普通の観音様とは少しちがっておりました。
この観音様は両手に子供をだいておられたのです。
二人が返答に困っていると、
「二人に縄を打て!」「ひったてろ!」

こうして二人は牢にいれられてしまったのでした。
定吉の家には この観音様だけがポツンと残りました。


どの位の月日がたったのでしょう。
定吉とおみよはようやく牢から解き放なたれました。
二人いえ、おみよの腕のなかには男の子がおりました。
赤ん坊が牢で生まれ、その泣き声があまりにも大きく
番人たちがほとほと困り果てたからでした。
二人はつかれた足取りで我が家に戻ってきました。
幾月か人の住んでいない家は、朽ち果てるのも早いのですが、
定吉の家に限ってはあの時のままでした。
それに、あのナベのお粥も・・・・・
「よかったのう おみよ。戻ってこれたわい。」
「ほんに お前さん よかった。わし ずっと祈ってた。」
「おらもじゃ。 ずっと この観音様のこと 祈ってた。」
「この観音様が この家とわしたちを救ってくださったんじゃ。」
「ありがたや。ありがたや。」
二人は一心にお祈りをしました。

と、その時です。

二人の前の観音様が こう言われました。
「定吉さん おみよさん ありがとう。でも かえってあなたたちに
迷惑をかけてしまいましたね。このままでは 又二人に被害が及ぶやも
しれません。私はこういたします。」
なんと 観音様は後ろ向きになっておしまいになりました。



「大変に遅くなりました。皆様ごめんなさい。」
池のまわりで語らいでいらっしゃった観音様たちは、
その声で一斉に静かになられました。
「マリア観音様、よくお出でになられました。」
楊柳観音様が皆を代表していわれました。
「皆様 せっかくご親切にしていただきましたが、やはり
私は 皆様とは少し住む世界がちがうように思われます。
ですから、ここで皆様とはお別れしとうございます。」
マリア観音様がこう言われますと、一斉にどよめきがおきました。

「けれど、私が人々を思う気持ちと皆様が思う気持ちにはちがいなぞ
あろうはずがございません。わたくしは これからも地上界の人々の
ために努力をしていこうと思っております。」
こうお話をされますと、あちらこちらから拍手が沸きあがりました。
「マリア観音様がおっしゃるとおり、人々を思う気持ちは同じです。
マリア観音様がどうしてもと言われるのなら、お止めは致しません。
お好きになさってください。」
「ありがとうございます。」

こうしてマリア観音様は他の観音様とお別れになったのでした。


むかしむかしのそのむかし
この国には33人の観音様がおいでになりました。

                  おしまい


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